シン・ゴジラ ~アフター3.11のゴジラ映画の回答にして、国産ゴジラの終焉~

珍しく、公開初日に観に行ってみました

初日とはいえ、最終回ということも有り8割の入りのようでした

 

shin-godzilla.jp

 

ゴジラが表現してきたものは、その出自からして日本に襲来する災害であり、核の脅威の具現化であった。我々は冷戦の最中、現実世界にそこはかと漂う不安感を吸い込みながら、フィクションとしての災害=ゴジラを見ていたことになる

ところが、3.11でその災害・脅威が現実のものとなった。その現実は、時に想像を超える。そのことをまさに体感した事態のあとに、ゴジラはいかなる形で姿を表すのか

 

ひとつの答えは、先にアメリカでもたらされた。ギャレス・エドワーズによるハリウッド版ゴジラである

そして、ゴジラを生み出した国、日本からの答えが公開された「シン・ゴジラ」である

以下、できるだけネタバレしない範囲での感想

面白いよ、と書こうとしたら、貶してしまっています。ナニも考えずに見ていてすっきりする映画娯楽大作、ってわけでもないし、エヴァンゲリオン的な登場人物の内面を執拗に問い詰める映画でもない。ただゴジラが出て、街を破壊して。。。 うーむ、よく考えると

 

圧倒的な(人的)物量戦

本作の撮影によって、他の現場からキャストが消えた。という一文を何処かで見たことがある。まさにその通りで、他の作品なら主役級のキャストまでもが1シーンだけとか、名前無し(設定上はあるのかもしれないが)で出演している。ゴジラシリーズの楽しみのひとつとして、思いもよらぬカメオ出演人物を探す。というのがあったが、今回はあまりにも多くて、一回ですべて見つけるのは難しいだろう

圧倒的な予算規模を持つハリウッド版の次に公開するゴジラとして、スケール感を出すために大量の人的資源を投入したとも言えるが、果たしてこれは成功であったか?

ゴジラは「怪獣」ではない

ゴジラの生い立ちについて詳しく語られない。本作におけるゴジラは、言ってみれば「東京に局地的に発生した3.11」である。トンネルに浸水を起こし、建物をなぎ倒して練り歩き、放射性物質を撒き散らす。これらは津波地震原発をそれぞれ表現していると読み取れる

本作ではゴジラが「怪獣」と呼称されることは、一度もない。昭和29年の初代ゴジラを起点に、平成、ミレニアムとリブートしてきたゴジラであるが、今回のゴジラは今までのゴジラとは全く接点がないのである。怪獣と呼ばないのは、人間側が官邸を中心とした、リアル志向の政治劇になっていることもあるだろう。もしも巨大な謎の生き物が日本に上陸したら、政府はどのような行動を取るだろうか?という点を追求しているといえる

「怪獣映画」としてのゴジラを期待した人には非常に物足りない作品であることは約束してもよい。ゴジラは今までのどの作品よりも鈍重で、移動距離も短い。また、ゴジラから逃げ惑う一市民の視点は一切存在しない(逃げ惑う人々はいるけど)ので、一人の人間が見たゴジラのリアリティ・恐怖感というものもないといえる

災害ドラマとしてのゴジラ

ゴジラというテーマを日本で今扱う時、3.11を想起しないでおくことは、製作者も観客もできないだろう。これはゴジラを名乗る以上避けられない宿命でもある。それをわかったうえで今回完成したゴジラ。本作におけるゴジラを3.11の具現化としてみると、話は非常に単純で、震災をゴジラに置き換え、場所を東京にしているとみえる。つまり、災害における行政プロセスのシミュレーションドラマを観ているようなのだ。

これを人間ドラマとしてみた時、先に上げたキャストの多さが裏目に出てしまったとおもう。あまりに人数が多すぎ、それぞれがどんな人物で、どんな背景やつながりを持つのかがわからない。映画のパンフレットにはご丁寧に「ネタバレ注意」と封がしてあるから、観る前にパンフレットで主要な人物を確認しておくこともできない。詳細な設定や背景があるんだろうけれども、2時間のドラマの中でこれだけの人数が出てくるうえ、やっていることはほとんど行政手続き。申し訳程度の人間性を垣間見せる部分をキャストがハイクオリティに演じてはいるが、たいていその人物の人となりを知ることなく終わってしまい、感情移入できないのである

3.11という現実を怪獣映画化したフィクションが果たして必要であったのか?ゴジラが今必要であったのか?ということまで考えてしまった

 

国産ゴジラの終焉

残念だけど、この作品を持って、日本で作られるゴジラは暫くなくなってしまわざるをえないと思う。

ハリウッドが見せた本気のゴジラと、東京のひと区域を破壊して終わったゴジラでは迫力が違いすぎた。ゴジラに対し我々が持つ恐怖をしっかり表現したハリウッド版に比べると、残念ながら今回のゴジラに対して、登場人物たちは「想定外」の台風か竜巻がやってきた程度にしか思っていない。ゴジラという未知の生き物を前に畏怖や困惑することなく、大規模災害として淡々と「処理」しようとしているように見えてしまい、ゴジラの描き方自体ももはや日本ではダメなのではないかと思わせる部分もあった

シン・ゴジラがすごくないわけではない。東京を破壊する映像、特撮、CG、どれをとっても、現在の”日本の”最高峰の映画技術の結晶であると思う。ただ、私はゴジラが太平洋を遊弋し、ハワイや西海岸の街を破壊する姿を一回見てしまっている。ゴジラは日本人にしか理解できない生き物ではないということを、ギャレス版のゴジラで知ってしまったわけである

「こんなゴジラがあってもいいよね」という程度の同意はもちろんできる。だけど、ゴジラが闊歩するフィールドは、もはや日本国内だけじゃないということを確認させられた作品になった

もちろん、ゴジラファンとしては、この予想がいい方向にハズれ、これをきっかけに新たなゴジラシリーズが出てくれればとも思っているが、とっとこハム太郎との2本立てになるくらいなら、ライセンスだけ売って、ゴジラは世界のコンテンツになっていいと思う

 

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